福岡高等裁判所 昭和39年(ネ)251号 判決 1965年6月09日
主文
原判決を取消す。
被控訴人等は各自控訴人に対し、金五万六七五六円宛及び内金四万二五〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年三割六分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割四分の割合による金員、内金五〇〇〇円に対する昭和三四年二月一五日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。控訴代理人は、請求の原因として
一、控訴人は
(一) 訴外亡河崎正男に対し、被控訴人東海夫連帯保証の下に
(イ) 昭和三一年三月二五日金一七万円を、弁済期同年四月二五日利息月三分五厘と定めて貸与し
(ロ) 昭和三四年二月二六日金二万円を、弁済期同年三月一五日、利息月二分と定めて貸与し
(二) 昭和三一年一月一〇日右正男及び訴外亡河崎ヨシノに対し金一一万円を、弁済期同年一二月二〇日と定めて貸与した。
二、その後控訴人は、一の(一)(イ)(ロ)の各貸金については昭和三四年四月三〇日までの利息及び遅延損害金の支払を受け、又一の(二)の貸金については同年二月一四日元金の内金九万円の支払を受けたが、その余の支払はなされていない。
三、正男は昭和三七年五月二日死亡し、前記ヨシノは妻として、又被控訴人等はいずれも子として正男の遺産を相続したが、その後ヨシノは昭和三九年八月三日死亡したため、被控訴人等はいずれも子としてヨシノの遺産をも相続するに至つた。
四、その結果被控訴人等はいずれも平等の割合をもつて本件貸金債務を承継したので、被控訴人等に対し各自
一の(一)(イ)の貸金一七万円の四分の一である金四万二五〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月一日より完済まで利息制限法所定の範囲である年三割六分の割合による遅延損害金
一の(一)(ロ)の貸金二万円の四分の一である金五〇〇〇円及びこれに対する昭和三四年五月一日より完済まで年二割四分の割合による遅延損害金
一の(二)の貸金残額二万円の四分の一である金五〇〇〇円並びにこれに対する昭和三一年一月一〇日より昭和三四年二月一四日まで民事法定利率である年五分の割合による利息及び遅延損害金一万七〇二七円の四分の一である金四二五六円、及び右金五〇〇〇円に対する昭和三四年二月一五日より完済まで前同様年五分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
と述べ、被控訴人等の抗弁に対し
被控訴人等の抗弁事実中、控訴人と正男との間に被控訴人等の主張するような売買契約のなされた事実は認めるが、右売買代金四五万円の内金三六万円は、控訴人の正男に対する別途貸金数口合計金三六万円の弁済に充当し、残代金九万円は前記一の(二)の貸金の内金九万円の弁済に充当した。したがつてこれにより控訴人の売買代金四五万円の支払債務はすべて消滅したものであつて、右代金は前記一の(一)(イ)(ロ)の貸金債権の弁済に充当されていない。
正男が前記一の(二)の貸金債権について被控訴人等主張のような弁済をなしたことは否認する。又被控訴人等の相殺の主張は、前記の通りその自働債権である売買残代金債権が消滅している以上何等の効果も生じない。
と述べた。
証拠(省略)
被控訴代理人は、答弁として、
控訴人の請求原因事実中一の(一)(イ)(ロ)の各金員貸借及びその利息損害金支払の事実並びに三の各相続の事実はいずれもこれを認めるが、一の(二)の金員貸借の事実は否認する。尤も正男が昭和三一年一月一〇日第三者の控訴人に対する金一一万円の債務を引受け、これを目的として控訴人との間に、弁済期を同年一二月二〇日と定めて準消費貸借契約を締結したことはある。
と述べ、抗弁として
一、控訴人主張の一の(一)(イ)(ロ)の貸金債権は次の事由により既に消滅している。すなわち、正男は昭和三四年二月一四日控訴人に対し、正男所有の熊本県八代郡竜北村鹿島字西の間七四七番の一の内宅地、一二一坪一合八勺及び同地上所在家屋番号同所一二九番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪二七坪を、代金四五万円で売渡し、控訴人は右代金の内一九万円をもつて前記一の(一)(イ)(ロ)の貸金債権の弁済に充当し、残代金二六万円を支払うことを約定し、正男は即日右物件を引渡し、その後控訴人所有名義に登記を了している。したがつてこれにより右二口の貸金債権は消滅したものである。
二、控訴人主張の一の(二)の貸金債権については、正男が昭和三三年一月一一日金九万円、昭和三二年中金三万円をそれぞれ支払つた結果、弁済により既に消滅している。仮に右弁済の事実が認められないとすれば、前項記載の通り、正男は控訴人に対し金二六万円の売買残代金債権を有しているので被控訴人等は本訴において該債権をもつて前記一の(二)の債権と対当額につき相殺する。
と述べた。
証拠(省略)
理由
控訴人の請求原因事実中一の(一)(イ)(ロ)の各金員貸借及び利息損害金支払の事実並びに三の各相続の事実はいずれも当事者間に争いがない。次に欄外以外の部分については成立に争いがなく、原審における訴訟承継前の被告河崎正男本人尋問の結果により右欄外の部分についても真正な成立を認め得る甲第四号証に原審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、控訴人の主張する一の(二)の金員貸借の事実を認定することができ、結局本件三口の貸金債権についてはすべてその存在したことが認められる。
そこで進んで被控訴人等の抗弁について判断する。
一、控訴人と正男との間に被控訴人等の主張するような売買契約のなされた事実は当事者間に争いがない。被控訴人等は、右売買代金四五万円の内一九万円は前記一の(一)(イ)(ロ)の貸金債権の弁済に充当され、残代金二六万円は控訴人より正男に支払われる約定であつたと主張する。しかし前記河崎正男本人尋問の結果並びに原審及び当審における被控訴人ミドリ本人尋問の結果中右主張に照応する部分は後記採用の各証拠と対比して措信し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠がない。却つて本件三口の貸金の借用証書と認められる前記甲第四号証及び成立に争いのない同第一、二号証がいずれも現に貸主である控訴人の手中に存する事実に、当審証人福田利満の証言、該証言により真正な成立を認め得る甲第七ないし第九号証、並びに原審における控訴本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち
正男は予ねて控訴人より金員の貸与を受けていたが、昭和三四年初頃には総額数十万円に達しその弁済に窮した結果、やむなく前記売買をなしその代金をもつて債務の弁済に充てることとした。そして売買代金四五万円の内金三六万円は、既に早く弁済期の到来していた控訴人より正男に対する別途貸金数口の元利金合計三六万円の弁済に充当され、次いで残代金九万円は本件一の(二)の貸金の弁済に充当されたのである。
したがつて被控訴人等の前記抗弁の認容できないことは明らかである。
二、次に被控訴人等は本件一の(二)の貸金債権は既に弁済により消滅した旨主張するが、前記河崎正男本人尋問の結果中右主張に照応する部分はたやすく措信できないし、原審証人岩本義人の証言をもつてしても右主張事実を確認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
更に被控訴人等は相殺の抗弁を提出するが、その自働債権と称する金二六万円の売買残代金債権の存在する余地のないことは、さきに認定した事実により明らかであるから、右相殺の抗弁も亦失当である。
結局被控訴人等の抗弁はすべて採用することができないから、被控訴人等は正男及びヨシノの相続人として承継した本件三口の貸金債務につきその支払義務のあることは当然であつて、控訴人が請求原因四において主張する請求金額は全部これを認容すべきである。
よつて控訴人の本訴請求を排斥した原判決はこれを取消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文の通り判決する。